大判例

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福岡高等裁判所 昭和51年(う)364号 判決 1976年10月25日

本籍

大韓民国全羅南道長城郡西三面大徳里

住居

熊本県玉名市寺田二番地の三

運送業および山砂販売業

子本一郎こと

邊鎮曾

大正二年一一月二〇日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五一年五月二一日熊本地方裁判所が言い渡した判決に対し被告人から適法な控訴の申立があつたので、当裁判所は検察官棚町祥吉出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役五月および罰金六〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金四万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判の確定した日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人山中大吉が差し出した控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用し、これに対し次のとおり判断する。

所論は、被告人に対する原判決の量刑が不当に重いというので、記録を精査し、かつ当審の事実取調の結果をも検討し、これらに現われた本件犯行の罪責、態様、被害の程度および結果、動機、被告人の年令、性格、経歴、家庭の事情、犯罪後の情況、本件犯行の社会的影響など量刑の資料となるべき諸般の情状を総合考察すると、原判決が確定した事実によれば、被告人は、(一)昭和四七年分の総所得金額は二九八二万三九九七円であつて、これに対する所得税額は一四一四万三六〇〇円であるのに、所轄玉名税務署長に対し、総所得金額は一三三万円でこれに対する所得税額は五万八〇〇〇円である旨の虚偽の確定申告を行ない、不正の行為により所得税一四〇八万五六〇〇円を免れ、(二)昭和四八年分の総所得金額は、四四四一万六四六六円であつて、これに対する所得税額は、二三〇五万六〇〇〇円であるのに、前記税務署長に対し、総所得金額は一八一万九〇三〇円であつて、これに対する所得税額は一一万六〇〇〇円である旨虚偽の確定申告をなし、不正の行為により所得税二二九四万円を免れた、というもので、免脱した税額は大きく、右各犯行における被告人の基本的責任は、極めて重いものがあるといわねばならない。

本件犯行中副記(一)の犯行の動機は、被告人は正規の学校教育を受けなかつたため算数の知識に暗く、経理事務能力を欠いていたため、商業帳簿を具える術すら知らなかつたので、自己の営業の実体については極く大まかな見当を有していただけで、損益の具体的内容を把握するまでには至らなかつたところから、毎年所轄の税務署の係員から指導を受けながら所得税の確定申告を行なつていたが、山砂の採取販売業をも始めてから経済的好況の波に乗り、銀行預金の増加によつて所得の増加を自覚していたものの、友人から所得税の確定申告を正直に行なつている者は居ない旨告げられて、これを真に受け、所得を過少に申告しようと考えるに至つたもので、その原因には、被告人の無知が遠因としてかなりの影響を与えていたことを看取し得るところであるが、(二)の犯行に至つては、何等反省することなく同種行為を反覆したもので、動機において汲むべきものはない。

しかるに、本件違反が発覚するや、被告人は自己の非を悔い、営業の経理については、税理士に商業帳簿の記帳、整理等万端を依頼して、経理の内容把握に過誤なきを期し、また修正申告による真正な所得税や加算税等は自己の財産の始んどを処分して納税に当てており、再び同種犯行を犯さないことを固く誓い、改悛の情汲むべきものがあるので、被告人に対する原判決の量刑は重きに過ぎると考えられるので、論旨は理由がある。

よつて刑訴法三九七条一項、三八一条により、原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書の規定に従い、更に自ら次のように判決する。

原判決が認定した事実に対する法令の適用は原判決摘示のとおりであるから、これを引用し、その処断刑期ならびに金額の範囲内において被告人を懲役五月および罰金六〇〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金四万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、同法二五条一項によりこの裁判確定の日から二年間右懲役の執行を猶与することとして、主文のように判決する。

(裁判長裁判官 藤原高志 裁判官 真庭春夫 裁判官 金沢英一)

○昭和五一年(う)第三六四号

控訴趣意書

被告人 子本一郎こと 邊鎮曾

右の者に対する所得税法違反事件について左のとおり控訴趣意を陳述する。

昭和五一年八月三一日

右弁護人 山中大吉

福岡高等裁判所第三刑事部御中

控訴趣意

原審の判決は、刑の量定について相当の酌量をされたが、尚その量定は不当がある。その理由は左のとおりである。

一、税法改正の立法精神の理解に欠けた結果によること。

脱税犯の科刑は、昭和二二年税法改正前は、三年以下の懲役又は五〇〇万円以下の罰金、情状が重いときはその併科という建前をとり、罰金刑については、その脱税高の三倍以下とすることを原則として来たが、現在は罰金額は五〇〇万円以下というように原則的に定額刑に改められている。而して脱税額の多額のものは懲役刑を併科することが原則的となつた、それは旧法のように罰金刑を多額にすることは、企業維持に脅威を与え、財産的基礎を覆滅させるこことなり、国民の経済力を死滅させる結果となることから、財産刑の高きに限度を設けるに至つたものである。(明里長太郎外二名共著「会社税務釈義」五二三一頁第一七章罰則2節脱税犯2刑罰参照)かかる考慮は地方税にも共通するものと思料する。

而して原判決は、被告人に懲役五月及び罰金八〇〇万円を宣告したが、懲役刑を科して、尚八〇〇万円の罰金は正に被告人の財産的基礎を覆滅する結果となるものである。広も原審判決は、罰金の納付に代え、一日四万円に換算して労役場に留置することの判決をしたが、約七カ月の留置を要し、家族、従業員多数の生活に重大な脅威を与え、経済復活の望みは断たれる結果となり、改正された税法の立法精神に副わない結果となるものである。

二、被告人は修正された国税の外、更に負担が加重されている。

すなわち昭和四七年度において、所得税一四〇八万五〇〇〇円の外、過少申告加算税七〇万四二〇〇円、延滞税一〇二万八二〇〇円の外に、所得税修正の結果、事業税一四二万二七〇〇円、県民税一一二万三六〇〇円市民税三〇一万五六四〇円、昭和四八年度分として、所得税二二九四万円、過少申告加算税一一四万七〇〇〇円、延滞税一七八万〇七〇〇円の外に、事業税二一二万九八〇〇円、県民税一六九万七八四〇円、市民税四八七万九四五〇円、以上合計金五五九五万四一三〇円の多額の負担となり、国税以外に多額の負担をするに至つた。その結果前項の財政的基礎は全く危殆に瀕するに至つた。

三、原審判決の刑の量定の不当は、前二項の外、情状の酌量、減刑に対する理由の存在を無視されている。

(一) 前項も酌量減刑の理由の存在する一つであるが、被告人は全財産を担保として負債し、脱税の国税に対しては修正申告手続をなし、全額これを納税し、一部加算税と延滞税は分割払の同意を得て、逐次毎月誠実に履行して居る。

(二) 而かも延滞税を納付したことにより、国に対しては何等の損害を与えていない。

(三) 其の上前項のように、県民税、市民税を更に課税され、これも一部は分割払の同竟を得て、苦労して納税している。

(四) 被告人は、日本国の政治家や、ロツキード事件による脱税者のように、知識階級に属さない、無学無識な一介の労働者であり、昭和一七年、日本国民であつた当時、徴用者として渡来、長崎の松浦炭坑の鉱夫として、日本の戦時生産労務に奉公、終戦により韓国民に復帰したものである。人間誰しも税金の多きを好まず被告人の場合、収支の計算も明らかに処理する能力を持たず、税務署が苦労して、各方面から収支計算ができて初めて課税額が決定するに至つたもので、結果的に余りにも多額の税額となつたことが判明するに至つたもので、二重帳簿や、かくし帳簿等を備えた悪質のものではない。旧税法では無申告は法的に詐欺とならず、処罰の対象とならなかつたが、改正後の税法は無申告も亦処罰の対象となるに至り被告人の過小申告したことが脱税の困となつたものである。而かも納税者の調査最中、不幸にも二男が交通事故で死亡し、被告人は二重苦に悩んだものである。

被告人は原審証人堀丈之助、城之智が証言したように正直、真面目な人物である。このような経歴・人物・境遇の者こそ、第四の罪は五〇〇万円の罰金としても第一の罪の罰金は僅少に認定され、そのうえ刑法第六六条により、酌量減刑の対象者とされて決して不当ではなく、されば、刑法第七一条、六八条により罰金額を原審量定の額を減じ、その上半額にすることも決して過当ではないものと思料する。

そうすることが、改正された税法の立法精神にも合致し、又酌量減刑の法意にも適するものと信ずる。尤も懲役刑については原審通り執行猶予の御温情を賜わりたい。

四 新たな立証

原審裁判終結後に生じた県・市民税の負担を立証し、控訴趣意の御判断の資料として立証する。

(一) 控第一号ないし五号

分割納税を誠実に履行して居る事実立証

(二) 控第二号

県・市民税に対する差押調書。新たな負担を立証

(三) 控第三号

約束手形一〇枚預り証。右新負担に対して納税資力なく分割払の同意を得て手形差入れの事実を立証

(四) 控第四号一~四号

現金領収証。右分割払納税の事実立証

(五) 控第五号一・二

個人事業税納税通知並に領収証。(県民税)を立証

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